2024年04月14日執筆
2024年12月26日修正
『化け物親子』
タクシーの運転手をやっていると、時折、真夜中に樹海へお願いしますという客がやってくる事もある。
そういう時、説得してやめさせる事もあるし、どう言っても聞いてくれず、そのまま送ってしまった事もあった。
死のうという覚悟を決めた人間の気配は普通の人と少し違う。説得できない人は、少しこの不思議な気配を纏っている。今回やってきたお客さんの様に。
それは、白いワンピースを着て艶めく黒い髪を腰まで伸ばした、赤子を抱える若い女性であった。遠くから見れば幽霊の様で、時間帯も深夜0時だったので、この人に止められた時は、呪われるのを覚悟しながら背中に乗せた。
「どこへ行きますか?」
「樹海へ、お願いします」
冷たくて、まさに死んだ物の様な声に怯えながら、車を発進させる。取り敢えず、お決まりの言葉を聞いてみた。
「お姉さん、相談、乗りましょうか?」
彼女は暫く迷った後、言葉を選ぶように、途切れ途切れに告白した。
「ありがとうございます……私は……駄目な……母親なんです」
よくある奴だ。
「育児疲れですか?」
「そうかも……しれません……自分の子、を……愛せないんです」
「育児は大変ですよね。私でよければ愚痴でもなんでも聞きますよ」
彼女はギュッと、その子を抱きしめた。
「この子は望まぬ相手と出来たのです……」
「……それは……お辛いでしょうね」
「インターネットで同じような境遇の人を探しているのですが……皆さん辛い思いもしながら我が子を愛しておりまして……なんだか、不甲斐ないのです……私にはこの子が……化け物の子供にしか見えない……!」
化け物の子供という言い方にはかなり毒があるが、無理やりされて出来た望まぬ相手との子供ともなればそんな気持ちも湧くだろう。
「中絶しようと思ったのですが、貧乏で、お金が無くて……生んでしまったのです……この子を見る度、あの憎らしい顔を思い出して、殺してしまいそうになる……彼女の頬を殴ってしまった時……ハッとしました……このままではこの子苦しませてしまう……それならば、物心つく前に、殺してしまおうと……もちろん、この子だけじゃなくて……私も死して、この罪を償うつもりです」
「施設に預けるというのは?」
「私は……この子の幸せを第一に考えたい……子供を施設に預けた母親というのは、世間体も悪いでしょうし……」
この母親は、子供の事を大事にしているようで、自分の事しか考えていない。
化け物と呼びながら、この子の幸せを第一に考えたいとは何事か。子に罪はないのか、親の罪を継ぐのか、はっきりしてほしい物だ。何かを愛せないけど守りたい人を演じるのではあればもう少し一貫してほしい。
そもそも、子供を施設に預けた母親の世間体が悪いとはなんだ。彼女が一番バカにしているんじゃないのか。
ただ分かるのは、まだ物心つかない子供には拒否権がない事である。望まぬ子供だからって、巻き込んでもいい命があるのだろうか。その化け物の子の血が母親から来た物のように見えたのは、私の性格が悪いからだろう。
でも、ここで止めても子供を殺すか、自決するのどちらかだろう。
……私に樹海へ送るようお願いしたお客さんを何人も説得した事があったが、その先を考えた事はあっただろうか……ああ、いや、これより深入りするなら、面倒臭くなってくる。もうやめよう。
彼女の呼吸の一つ一つが、諦めのため息のように感じた。
「お辛い事を聞きます」
「自分と向き合うきっかけになるかもしれません……お願いします……」
その言葉には、ずいぶん迷った。
「父親の名前や場所などは……分かっているのですか?」
「……父親……ですね……」
彼女はオウム返しのようにそう呟いてから、悩みこんだのか、なにも言わなくなった。その沈黙の間に、タクシーは樹海についてしまった。
「お代です」
彼女は数千円を私に渡し、タクシーから降りる間際に一言。
「父親の事ですが、すいません……母と離婚してから、どこにいるのか、全く」
化け物の子の母親もまた、化け物の子だった訳である。
化け物親子は樹海の奥へ消えていった。
私としては、最悪な血が途絶えてそれはそれでいいのではないかと思う。
そういう生物の滅び方もあるだろう……。
「取り敢えず、閲覧注意がついてないからこれから読もうかな」ってした人、いる~?
いないか。